日本でもかなり有名なお祭りですのでもちろんほとんどの方が一度くらいは
聞いたことがあると思いますが、詳しいことは知らないと言う人もいると思いますので
ここで一度私の勉強をかねてご紹介してみたいと思います。
まずねぷたと言うお祭りの名前ですが、弘前はねぷた青森はねぶたと言われています。
この二つが全国的に有名でこれらは、1980年に重要無形民俗文化財に指定されています。
弘前ねぷたと青森ねぶたの違いは(以下Wikipediaより抜粋)
2.形状としては、弘前は扇型が主体で、青森は人形の灯籠となるが、弘前のねぷたでも人形(組ねぷた)のものが相当数の割合で見られる。また、弘前の組ねぷたの場合、見送り絵と開きの部分がある。かつては弘前も組ねぷたが多かった。
3. 運行区間が城下町特有の道路の狭さゆえに、おおむね、幅は1車線分か2車線分しか取れない。また、電線に引っかからないように、扇ねぷたでは、扇の最も高い部分である、ためと呼ばれる部分を外側に折り曲げたり、扇部分を上下に可動するようにして運行出来るようにしている。さしまたと呼ばれる電線を持ち上げる道具も使用される。
ねぷたとねぶたの起源はどちらも同じですが、なまりの違いから分かれたものと思われます。昔の文献を見ると弘前ねぶたや青森ねぷたと呼ばれていたときもあったようです。しかし弘前市の「ねぷた」、青森市の「ねぶた」というように、地域の差別化を図る目的もあったようです。
次にねぷたまつりの由来ですが(以下Wikipediaより抜粋)
2.(伝承)文禄2年(1593年)7月に藩祖為信が京都滞在中に盂蘭盆会で二間四方の大燈籠を出した。
3.(定説)江戸時代元禄期の後半からの「七夕祭りの松明流し・精霊流し・眠り流し」や「盆灯籠」などが融合変化し、現在の華麗なねぷた発展してきた。
語源は、「眠り流し」→「ねむた流し」→「ねむた」→「ねぷた(ねぶた)」と転訛。(表記は佞武多、禰ふたと様々ある) 「眠り流し」は日本各地で行われている。農作業の激しい夏期に襲ってくる睡魔を追い払うための行事として、厄災・邪悪を水に流して村の外に送り出す行事のひとつ。
士族の子供らが作り練り歩くねぷたでは、他の町会と出くわすと相手のねぷたに石を投げつけるなど喧嘩したため、何度も「ねぷた禁止令」が出されたことがある。これを「けんかねぷた」という。 (その名残が「石打無用」という言葉になってねぷたの肩部分などに記されているものもある)
津軽弁で「眠い」ことを「ねむてぇ」または「ねぷてぇ」と言うようです。
これがなまり「ねぷた」になったのではないかというのが一般的な説だそうです。
ねぷた祭りは、昔、農民が夏の忙しい時期に襲ってくる眠気を追い払うため、睡魔を船や燈籠(とうろう)などにのせ、川に流した「ねむり流し」という行事から発展し、祭りになったという説があるようです。
ねぷたが扇の形なのは津軽藩の藩祖・津軽為信公の幼名が「扇」であったことや末広がりでめでたいといった理由から、扇ねぷたが作られるようになったのではないかと言われているそうです。
2009年は82団体(大型扇:59団体、大型組:7団体、小型扇:15団体、担ぎ:1団体)
158万人が訪れたそうで、やはり弘前のお祭りはすごいです、桁が違います。。
ねぷたに使われる題材・構造は(以下Wikipediaより抜粋)
なるほど、三国志、水滸伝、津軽為信を描いておられると言うことですね。
為信公はもちろんですが三国志、水滸伝などの勇猛果敢な武者は本当に絵になりますね。
弘前ねぷた祭りは8月の1日から7日の日程で行われます。
興味をもたれた方はぜひ弘前を訪れてみてくださいね!
ただし遠方の方は宿をとるのが大変ですので早めの予約をお勧めします。