DESIGNACTのブログ

弘前ねぷた祭りについて勉強してみる。

DSC_0058.jpg弘前の4大祭りの一つ弘前ねぷた祭りはご存知でしょうか?

日本でもかなり有名なお祭りですのでもちろんほとんどの方が一度くらいは
聞いたことがあると思いますが、詳しいことは知らないと言う人もいると思いますので
ここで一度私の勉強をかねてご紹介してみたいと思います。

まずねぷたと言うお祭りの名前ですが、弘前はねぷた青森はねぶたと言われています。
この二つが全国的に有名でこれらは、1980年に重要無形民俗文化財に指定されています。

弘前ねぷたと青森ねぶたの違いは(以下Wikipediaより抜粋)

1.弘前ねぷたは1日開始なのに対し、青森ねぶたは2日開始であるのは、弘前は「出陣」で、青森は「凱旋」であるためで、順序は青森が弘前の後になる、と言われている。(この、弘前は出陣、青森は凱旋というのは近代になってからの祭りのイメージであって、祭りとはまったく関係無い)

2.形状としては、弘前は扇型が主体で、青森は人形の灯籠となるが、弘前のねぷたでも人形(組ねぷた)のものが相当数の割合で見られる。また、弘前の組ねぷたの場合、見送り絵と開きの部分がある。かつては弘前も組ねぷたが多かった。

3. 運行区間が城下町特有の道路の狭さゆえに、おおむね、幅は1車線分か2車線分しか取れない。また、電線に引っかからないように、扇ねぷたでは、扇の最も高い部分である、ためと呼ばれる部分を外側に折り曲げたり、扇部分を上下に可動するようにして運行出来るようにしている。さしまたと呼ばれる電線を持ち上げる道具も使用される。

ねぷたとねぶたの起源はどちらも同じですが、なまりの違いから分かれたものと思われます。昔の文献を見ると弘前ねぶたや青森ねぷたと呼ばれていたときもあったようです。しかし弘前市の「ねぷた」、青森市の「ねぶた」というように、地域の差別化を図る目的もあったようです。


次にねぷたまつりの由来ですが(以下Wikipediaより抜粋)

1.(伝説)平安時代の初期、征夷大将軍・坂上田村麻呂が、敵をおびき出すために大きな人形を作った。

2.(伝承)文禄2年(1593年)7月に藩祖為信が京都滞在中に盂蘭盆会で二間四方の大燈籠を出した。

3.(定説)江戸時代元禄期の後半からの「七夕祭りの松明流し・精霊流し・眠り流し」や「盆灯籠」などが融合変化し、現在の華麗なねぷた発展してきた。

語源は、「眠り流し」→「ねむた流し」→「ねむた」→「ねぷた(ねぶた)」と転訛。(表記は佞武多、禰ふたと様々ある) 「眠り流し」は日本各地で行われている。農作業の激しい夏期に襲ってくる睡魔を追い払うための行事として、厄災・邪悪を水に流して村の外に送り出す行事のひとつ。

士族の子供らが作り練り歩くねぷたでは、他の町会と出くわすと相手のねぷたに石を投げつけるなど喧嘩したため、何度も「ねぷた禁止令」が出されたことがある。これを「けんかねぷた」という。 (その名残が「石打無用」という言葉になってねぷたの肩部分などに記されているものもある)

津軽弁で「眠い」ことを「ねむてぇ」または「ねぷてぇ」と言うようです。
これがなまり「ねぷた」になったのではないかというのが一般的な説だそうです。
ねぷた祭りは、昔、農民が夏の忙しい時期に襲ってくる眠気を追い払うため、睡魔を船や燈籠(とうろう)などにのせ、川に流した「ねむり流し」という行事から発展し、祭りになったという説があるようです。

ねぷたが扇の形なのは津軽藩の藩祖・津軽為信公の幼名が「扇」であったことや末広がりでめでたいといった理由から、扇ねぷたが作られるようになったのではないかと言われているそうです。

2009年は82団体(大型扇:59団体、大型組:7団体、小型扇:15団体、担ぎ:1団体)
158万人が訪れたそうで、やはり弘前のお祭りはすごいです、桁が違います。。


ねぷたに使われる題材・構造は(以下Wikipediaより抜粋)

・表面の鏡絵や人形の部分では、三国志、水滸伝、津軽為信などがあるが、世相を風刺したものも登場する。裏面中央の見送り絵には虞美人のような女性、左右には袖絵が描かれる。表面と裏面の絵をつなぐ真横の部分は肩と呼ばれ、町内会・団体名などが書かれる。鏡絵や人形の下にある三角形(台形)の開きと呼ばれる部分はねぷたを支える受け皿の役割をしており、弘前藩の家紋である牡丹の花が描かれる。開きの下にある(四角形)の額の正面には天の川を意味する「雲漢」と書かれる。左面・右面・後面には武将の絵が描かれ、左・右面の絵の武将の眼は進行方向を向いている。使用される紙は「ねぷた和紙」等のロール状の紙が用いられる。

なるほど、三国志、水滸伝、津軽為信を描いておられると言うことですね。
為信公はもちろんですが三国志、水滸伝などの勇猛果敢な武者は本当に絵になりますね。

弘前ねぷた祭りは8月の1日から7日の日程で行われます。
興味をもたれた方はぜひ弘前を訪れてみてくださいね!
ただし遠方の方は宿をとるのが大変ですので早めの予約をお勧めします。


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毎年のお楽しみ。

IMG_0302.JPG昨日は毎年楽しみにしているジャイアンツの京セラドームでの試合観戦に行ってきました。

大阪でお仕事をしているとなかなか声を大にしてジャイアンツファンだとは言えないのですが、好きなものは好きなんです。


今では交流戦もあるので年に2度、京セラドームへ来てくれるのですが
運よく毎年1試合だけはお休みと合うので観戦に行けるのです。

本日の試合はジャイアンツVSオリックスでした。


giabit.gifジャイアンツはここのところ先発投手陣がぴりっとせず
今日に至っては先発予定だったローテーションの投手が登録抹消と言うことで
プロ初先発のルーキー「黄投手」。
でも、実は私が観戦に行った試合は9割以上の勝率、今日もきっと勝つと信じていました。

結果は9対2とやはり大勝!(o ̄ー ̄o) ムフフ

のども枯れるほど応援してストレス?を発散してきました(笑)


さて、また明日からのお仕事も頑張れそうです!
ありがとうジャイアンツ



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旅フェア2010がとても楽しそうです!

5月28日から5月30日まで千葉県の幕張で開催されている旅フェア2010がとても盛り上がっているようで楽しそうです。

旅フェア2010とは(以下旅フェア事務局HPより抜粋)

旅フェアは、1995年から始まり、今年で16回目を迎える国内最大級の「観光総合見本市」です。毎年、北は北海道から南は九州・沖縄までの全国の地域の最新観光情報や、おいしい味覚、旅にまつわる乗り物、旅を楽しくするグッズなどが集結しています。また、地域の伝統や文化をステージで披露するプログラムなどにより、来場者と、地域・観光関連団体・企業が一体となって国内観光の魅力を全国に発信しています。

たか丸くんも旅フェア2010にお出かけして400年祭のPRを頑張っているようです!
その模様は全国ご当地キャラニュースのHPにて紹介されています。

金曜日・土曜日の2日間で来場者数76,688人と大変盛り上がっています。
本日までやっていますので、ぜひお近くの皆様は行ってみてください!!
そして、たか丸くんにも会ってきてくださいね(^^)


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メインビジュアルの原案完成。

こんばんは、ショウゴです。

弘前城築城400年祭のメインビジュアルの原案がとりあえず2案できました。

ポスターは駅や街中、高速道路などに貼られたときに
人目を惹くものでなければ意味が無いと私は思います。
そのことを第一に考えたインパクトのあるデザインを制作しました。

やるからには絶対に手は抜きません。
自分が納得できる最高のデザインを練り上げて勝負したいと思います。


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弘前城築城400年祭実行委員会が、弘前城築城400年祭をPRするための
メインビジュアルデザインを募集されています。

コンセプトは(以下弘前城築城400年祭HPより抜粋)

「弘前市民の参加意識を高めること」及び「弘前城築城400年を全国に情報発信すること」の2点に主眼を置き、 ポスター・チラシ・パンフレット等の作製や新聞・雑誌等への広告掲載などに使用することを目的とします。 そのため、提出頂くデザインのビジュアルコンセプトは、 弘前城築城400年祭のキャッチフレーズ「私四百 恋へよ津軽」が、「地元の人にも他地域の人にも、 もっと弘前を好きになって(恋して)ほしい、もっと弘前に来て(恋=来い≒来いへ)ほしい」 という想いを込めて設定されていることを踏まえた、「インパクトのあるもの」といたします。

※メインビジュアル...400年祭をPRするポスター・チラシ等の基本となるデザイン

詳細についてはこちらをご覧ください。


提出期限は平成22年6月30日(水曜日) 午後5時までとまだ1ヶ月以上ありますので
私も考えてみたいと思います。


■ 提出・お問い合わせ先:
〒036-8551 弘前市大字上白銀町1番地1 新館5階
弘前城築城400年祭実行委員会事務局
(弘前市商工観光部弘前城築城400年祭推進室)
電話 : 0172-40-7017
ファクス : 0172-35-3765
Eメール : siro400@city.hirosaki.lg.jp


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